孤独な天使 B

(確かに綺麗な子だとは思ったが…)

アスランは頭を抱えたまま、キラに初めて出会った
ときの情景を思い出す。
乱暴に短く切られた髪、薄汚れてボロボロになった服、
その姿から一体誰がキラを女の子だと気づくことが出来たであろう。
だがしかし、今更女の子だと判明したからと言って
施設に送り返すことなど、できるはずもない。

「サイ…」

彼は執事の名を呼んだ。

「はい。」
「…明日、女性用の下着と着替えを買って来てくれないか。」
「かしこまりました。」

サイは丁寧にお辞儀をして、
メイド達に食事を始めるよう指示をした。

翌日、アスランは朝早くから屋敷を出て、
仕事がすべて終わって戻ってきたのは
いつもより遅く、すでに深夜になっていた。


「お帰りなさいませ、アスラン様」

いつもの通り、執事のサイが出迎える。

「客人が居るから、僕の部屋にお茶を持ってきてくれ。」
「やあ、サイ久しぶりだね。」

アスランの後ろから屋敷に入ってきたのは、
サイにも顔なじみのアスランの友人ハイネだった。

「これはハイネ様、ようこそいらっしゃいました。」
「それと…彼、いや彼女はどうしてる?」

主人の問いに執事は答える。

「キラ様なら、夕食を召し上がられて
今はお部屋の方にいらっしゃいます。」
「そうか、ではメイドに僕とハイネと彼女の分の
お茶を運ばせて、サイはキラを僕の部屋へ連れてきてくれ。」
「かしこまりました。」

若い執事は主人の命令どおりにメイドに指示をすると、
すぐにキラをアスランの自室へ連れてきた。

「……っ」

ドアを開け、入ってきたキラの姿に
アスランの目は釘付けになった。
彼女は昨日アスランが買った少年の衣服ではなく、
品の良いブラウスとスカートを身につけていた。
昨夜アスランが指示したとおりサイが用意した
年相応の女の子の服装をしたキラは、
いささか髪は短かすぎるが、花のように愛くるしい
少女に変身していた。

透き通るような肌の白さと、宝石のように揺らめく紫の瞳が、
彼女の無表情とあいまって、まるで人形のようにさえ見えた。

その食い入るように少女を見つめるアスランの様子と、
初めて見るキラの姿を興味深そうにハイネは交互に観察する。
友人の視線に気が付いたアスランは、
あわてて彼女から目を離し、居心地が悪そうに友人に紹介した。

「ああハイネ…彼女がキラだ。」
「お前が突然里親になると聞いて驚いたが、彼女を見て納得したよ。」

からかうような友人の口調にムキになる。

「言っておくが俺はキラが女の子だからって、引き取った訳じゃないんだぞ。」
「へぇ、じゃあこれもお得意の慈善事業ってヤツかい?」
「まあ、そんなところだ。」

アスランは面白くなさそうに横を向く。
ハイネはクククと笑いながら椅子から立ち上がって、
キラの元へ歩み寄り手を差し出した。

「よろしくキラ、アスランの友人のハイネだ。」
「……。」

だがキラは、やはり何の反応もしめさなかった。
ハイネは困ったように手を引っ込めて、所在なく頭をかく。

「キラ、彼は僕の親友のハイネだ。
ハイネはお医者さんなんだ、今から君の体を診察するけど、
何も怖がらなくていいからね。」

アスランは優しくキラに話しかけた。



数十分後、診察を終えたキラを自室へ下がらせて
ハイネと向かい合ったアスランは、真剣な表情で聞いた。

「君の見立ては?」
「特に深刻な疾患は無いと思う。
まあ…体中に傷やアザは無数にあったけどね、
これはそのうちに直るだろうから心配はないよ。」

「耳が聞えないとか、声が出せないって事はないのか?」
「それは無いな、身体の機能はいたって正常だよ。」
「じゃあ、どうして一言も口をきかないんだ。」

う〜ん、とハイネは考えながら腕を頭の後ろ手に組んだ。

「たぶん精神的なものだろうな、虐待を受けて…
それで心を閉ざしてしまったんじゃないか。」
「それは直るのか?」
「さあね、俺は精神医学は専門じゃないからな。」
「ハイネっ!」

アスランは親友に詰め寄った。

「怒るなって、いずれにしろお前が直してやるしかないだろう。」
「俺が?」
「そうだ。お前が日にちをかけて…
ゆっくり彼女の心の傷を癒してやるんだよ。」
「……。」

めずらしく真剣なハイネの口調に、アスランは口をつぐんだ。
ふらりと窓辺に立って、考え込むように夜の暗闇を見つめ、ぽつりと呟く。

「俺に…そんな事が出来るのだろうか…」



Cへつづく