孤独な天使 C


久しぶりに仕事のない休日、アスランは
少し遅めの朝食を済ませると
自室でのんびり読書でもすることにした。

事業の方が忙しく、なかなか休みは取れないのだが
友人でもある医者のハイネからは週に一度は
完全休養をとるように口煩く言われている。
だから無理をしても休息日は取るようにしているのだが、
それでも二週間に一度が良いところだ。

メイドのミリアリアに入れてもらったコーヒーを飲みながら
デスクに座って、新しく買った経済学の本を開いたとき

(……っん?)

なにか忘れているような気がして、ページをめくる手が止まった。
しばらく考えて、ようやくキラの事を思い出す。

(そうだ、つい今までのような一人のつもりで部屋で
のんびりしていたけど、俺はキラの親代わりになったんだった。)

同じ屋敷に住んでいても、アスランは仕事で忙しく、
キラと過ごすのは朝食の時ぐらいだった。
たまに早く帰った日は夕食も一緒にとることにしていたが、
それも滅多になく、さらに今朝は久しぶりの休みだからと、
アスランの方は朝食の時間を遅らせたので
今日はまだ一度も彼女の顔を見ていない。

(こんなんじゃ仲良くなれる訳ないよな、親失格だ…)

己の行動を恥じて、本を閉じた。

「よし、今日は一日キラと過ごすことにしよう。」



彼女がこの屋敷に引き取られてから、まだ声を
聞いたことも、笑顔を見たこともない。
何とかキラが自分に打ち解けてくれればと思うのだが、
思い返すとほとんど一緒に過ごす時間もなかったのだ。
いきなり見知らぬ所へ連れて来られて、
見知らぬ人に囲まれて、
きっと彼女もとまどっているだろう。

今までそんな事まで思いが及ばなかった自分を反省すると、
アスランはキラの部屋へ足を向けた。

トントン、トントン…

ノックをしたが返事はなく、アスランはゆっくりドアを開けた。

「キラ、入るよ。」

薄暗く、一瞬何も見えなかったが、
やがて目がなれてくると室内の様子が少しづつ見えてきた。
キラは大人しくソファーに座ってぼんやりとしている。

「キラ…どうしたんだ、カーテンも開けずに。」

アスランが窓辺に寄ってカーテンを開けはなつと、
日の光が差し込んで明るく室内を照らし出した。

(この子はこの屋敷に来てからずっと、
一人で自室にいるときは何もせず座っていたのかな?)

キラに与えられた部屋は今まで客間に
使われていたものだったので、ベッドとドレッサー
の他はソファーセットしか置かれていない。
見回してみると、とても殺風景で
とても子供が過ごす部屋には似つかわしくなかった。

(まいったな、ちゃんと考えてやらなかった俺の責任だ。)

そんな無機質な空間から外に連れ出してやりたくて

「僕の部屋へ行こうか、キラ。」



アスランがキラの手をとって自室へ連れて行く途中、
廊下にサイが居たので声をかける。

「ああ、サイ。僕の部屋にキラの分のお茶を持ってきてくれ。それと…」

執事の耳に口を近づけ、小さな声で囁く。

「キラの部屋を…もう少し何とかならないか?」
「はっ?何とかとは?」
「何て言うか、子供部屋っぽい感じに…」
「子供部屋っぽい感じとは…具体的にどうすれば宜しいのでしょう?」

サイは主人の命令に、珍しく戸惑った風情で問う。

「う〜ん。」

そう問われればアスランも困ってしまって、
頭をひねって考えるが思いつかない。

「…あ、あとで指示する。」



サイにはあとで指示すると言ったものの、
アスランにもどうしたら子供部屋らしくなるのか
見当がつかない。

キラを自分の部屋に連れてくると、
ソファーに座らせ問いかけた。

「ねえ、キラ。キラはどんなものが好きなの?」
「……。」
「何か欲しいものはある?何でもいいんだよ、言ってごらん。」
「……。」

(困ったなぁ〜)

彼女との会話が出来ず困り果てていたとき、
部屋の隅に置かれていた鳥籠から
アスランの飼っているカナリアの鳴き声がした。

すると…今まで虚ろだったキラの紫色の瞳が揺らめき、
鳴き声の方向へ視線を向けた。
今まで何の反応もしめさなかった彼女が、
じっとカナリアを見つめる姿に、アスランは驚いて尋ねる。

「…鳥が好きなの?」

キラはやはり何も答えないが、
鳥籠を持ってきて近くに置いてやると
興味深そうに籠の中を覗いていた。

そして、
いつまでも飽きずに鳥の様子を眺めているキラの表情が、
アスランにはいつもの硬い無表情より、
少しだけ和んだように見え

「キラ、この鳥の名前はトリイって言うんだよ。」

籠から出して彼女の肩に乗せてやると、
カナリアはよく馴れていて、飛んで逃げることもなく
キラの肩の上で機嫌よく鳴き声を奏でる。

その様子に、いつしか少女は微笑んで

「…トリィ」

初めて口を開いた。



 Dへつづく


オマケ↓


楽屋話

      ミリアリア  :  ちょっとぉ、なんで私がメイドなわけ?
      サイ     :  いいじゃないか、俺だって執事だぜ。
          ミリアリア    :  あんたはいいわよ、セリフだってあるんだから。
                   サイ    :  まあまあ、ミリアリアだって、そのうちセリフが出てくるさ。
トール&カズイ : 俺たちは、出番すらない…しくしく


             フレイ  :  ああ、もうっ!うっとおしいわねぇアンタたち!
                      あら、次は私の出番だわ、早く行かなくちゃ〜