孤独な天使 D


(しゃべった…)

アスランは初めてキラの声を聞いた。それはとても小さくて、
囁くような声だったが彼の耳には確かに届いた。

キラが手を差し出すと、
トリィは肩の上から彼女の手に飛び乗った。
その光景は、まるで一枚の絵画のように淡く優しい色調で、
アスランはただ、時が止まったような
不思議な感覚にとらわれ、時を忘れてキラとトリィの姿に見惚れていた。

だが、その静寂は突然ノック音に破られ、
ドアを開け、現れたのは執事のサイだった。

「失礼します、ご主人様…」
「サイ…何の用だ?」

アスランは少し不機嫌そうに眉根を寄せて執事を見る。

「フレイ・アルスター嬢がお見えです。」
「フレイが…仕方がないな。では客間の方にお通しして。」
「いえ、それが…お待ちいただくよう申し上げたのですが…」

困惑するサイの背後から、
待ちきれないように赤い髪の令嬢が顔を出した。

「アスランっ!」
「フレイ…」

勢い良く首に腕を回して跳び付かれ、アスランは2、3歩後ろへよろめく。

「突然どうして?」
「あら、あなたが休養日だと聞いて慌てて駆けつけて来たのよ。
アスランったらいつも仕事仕事で、ぜんぜん会う時間がないんだもの。」
「それは…」

口ごもるアスランの後ろに、
見慣れぬ少女を見つけてフレイは声をあげた。

「だあれ、あの子?」
「あ、ああ…実は先日僕が援助をしている施設から引き取った子で…」
「引き取ったですって?アスランあなたってば、本当に変わっているわ。」

フレイは遠慮のない目で、じろじろとキラを眺め

「へぇ、あなた女の子なのに随分髪が短いのねぇ、男の子みたいだわ。」
「……。」
「それにちゃんと髪のお手入れしているの?
ぼさぼさじゃない。ねぇ、なんて名前なの?」
「……。」

自分の話を聞いているのか、いないのか。
反応のないキラにイライラしてフレイは叫んだ。

「ちょっと、あんた!何とか言ったらどうなのよっ!」

アスランは慌てて二人の間に割って入る。

「フ、フレイ…彼女はちょっと訳があるんだ。」
「わけ?」
「後でゆっくり話すよ。キラ、彼女はフレイ。僕の婚約者だ。」
「……。」

キラは、さきほどアスランが見た愛らしい表情から、
すでに元の無表情に戻っていた。その様子を少し残念に思って

「キラ、もうお部屋へ戻っていいよ。サイ、キラを部屋へ送って。」
「はい。」

主人の指示に、サイはキラの手からトリィを受け取り籠へ戻すと
彼女を連れて部屋を出て行った。
ドアが閉まるとアスランはフレイの方を向いて溜息をつく。

「フレイ、突然どうしたんです?」
「パパがね、婚約パーティーは来月はどうかって?
それでアスランの予定を聞きに来たのよ。」
「来月って、そんな急に言われても。」
「私は早い方がいいわ。」

フレイ・アスルターは地元の有力者ジョージ・アルスターの娘で、
知人を介して知り合った。
アルスター家は政財界とも繋がりを持つ由緒ある家柄で、
アスランのこれからの事業のためにも
彼女の家と縁を持つことは重要だと強く勧められ、
最初はあまり乗り気でなかったアスランだが、
フレイは美しく、少し我がままな所はあるが根は悪い少女でも
なさそうなので、断る理由もなく、婚約話が進められていた。

「婚約パーティーで着るドレスを買いたいの、
アスランも一緒に見に行ってくれるわね。」
「で、でも僕はあまりドレスの見立ては分からなくて…」
「いいのよ、似合うか似合わないか言ってくれれば。」

フレイは楽しそうに、アスランの腕をひっぱって
ドアの方へどんどん歩いていった。

(まいったなぁ…)

そんな彼女の強引さに逆らうわけにもいかなくて、
アスランは彼女と買い物に街へ出ることになった。



「ねえアスラン、これはどう?」
「…ええ、悪くないですよ。」
「う〜ん、さっきのとどっちが良いかしら?」

フレイは、豪奢できらびやかなドレスをさきほどから取っかえひっかえ
試着しながら、目の前の大きな鏡に写る自分の姿を眺めている。

彼女に連れられ、何件も一流ブティックを
連れまわされたアスランは、いささか疲れて大きく息を吐く。

(あ〜あ、今日は一日キラと過ごす予定だったのにな…)

何気なく窓の外へ視線を移すと、
向かいは子供用のドレスを扱う店のようで、
そのショーウインドーに飾られた一着を見て思う。

(キラが着たら似合うだろうな。しばらくすれば髪だってもっと伸びるだろうし…
うん、それに大人になれば、きっとキラは飛び切りの美人になるぞ。)

初めて聞いたキラの声、
それは自分に向けられたものではなかったけれど、
でもきっといつか彼女は心を開いてくれる。
あの瞬間、そんな気がした。キラが自分に微笑みかけてくれる日が
きっと来ると、それはアスランの心の中で確信に変わっていた。


「アスラン、アスランったら、ねぇ聞いてるの?」

ハッと気が付くとフレイが、目の前に怖い顔で立っている。

「あ、ああ、よく似合ってるよ。」

慌てるアスランに、彼女は不審げな視線を向け

「本当にちゃんと見てくれてる?」
「もちろんだよ、フレイ。」
「ウソ、何か考え事してたでしょう?」
「ち、違うよ、ちょっと疲れてボンヤリしてただけさ。」
「ふ〜ん。ま、いいわ、アスランはお仕事しすぎなのよ。」

アスランの言い訳を深く疑うことはせず、フレイはクルリと店員の方を向いて、
何着か屋敷に届けさせるように指示を出している。


(…ったく俺は、どうしたんだ。さっきからキラの事ばかり考えてる…)




 Eへつづく


オマケ↓


楽屋話2

      ミリアリア   :  えー、なんでフレイがアスランの婚約者なの?
フレイ    : あら、いいじゃない。何か問題ある?
            ラクス   : アスランの婚約者役と言えば、わたくしが居ますのに。
          ミーア   : そーよ。なんでこんな子がアスランの婚約者なの?
  フレイ  : ちょっとアンタ、こんな子とは何よっ!


      キラ  :  へえ〜アスランって、モテモテなんだね。
アスラン : さ、キラ。俺達はあっちへ行こうか。