孤独な天使 E


キラがアスランの屋敷へ引き取られてから数週間が過ぎた。
だがまだ一度もアスランは彼女に名前を呼ばれたことも、
笑いかけてもらったこともない。
そんな訳で、近頃の彼は少々自信喪失ぎみであった。

(やっぱり俺には無理だったのかな、子供を引き取って育てるなんて…)

フレイ嬢との婚約パーティも来週に迫り、
アスランは何となく落ち着かなくもある。
彼はいささかの疲労を感じ、
書類から目を離して大きく背筋を伸ばした。
そのとき、ふと窓の外の風景が目に入り…

(…キラ?)

屋敷の広大な庭園には中央に噴水がある、
その縁に腰掛けている小さな後姿は確かにキラだ。

(何をやっているんだろう…)

アスランは好奇心に誘われて、気分転換に自分も庭へ出ることにした。


玄関から出てキラが居た噴水の方へ足を向けると
彼女の姿が見えてきた。
よく見ると頭の上や肩に、ちょこんと小鳥が乗っている。

(野鳥か?)

さらに、ゆっくりと差し伸べたキラの白い手に、
また一羽やって来て止まった。

だが、次の瞬間、
鳥達はアスランの足音に驚いたのか一斉に飛び立ってしまった。

「あ…」

キラの口から小さな声が漏れる。

「ごめん、驚かせちゃったかな。」

アスランはすまなそうに頭を掻きながらキラの隣に腰を降ろし

「どうやって鳥を呼んだの?」

用心深いはずの野鳥が、
どうしてキラの元に集まってきたのか不思議に思って問いかけた。

「……。」

だがキラは、いつものように黙ってしまった。
それでもアスランは我慢強く彼女に話かける。

「キラは僕が嫌い?」

「……。」

「執事のサイや、メイドのミリアリアは嫌い?」

「……。」

「この屋敷に居るのは嫌?」

やはり反応のないキラに、
アスランは落胆して小さく溜息をついた。

「ごめんね、邪魔して。じゃあ僕は部屋へ戻るよ。」

「……。」



(キラの気持ちも聞かずに、ここへ連れて来てしまったけど。
彼女のためには、あのまま施設に居た方が良かったのかな。
この屋敷には、同じ年頃の遊び相手もいないしな…)

そんなことを考えながら、
再び書類に向かって仕事をしていると、
いつの間にか、外には雨が降っていた。

雨はすぐに土砂降りになり、雷が鳴り出したので
アスランが窓を閉めようとして外に目をやると。

「キラっ?まだ外に…」

彼は、慌てて庭へ向かった。


嵐のような雨の中、
キラは噴水の傍らで震えながらうずくまっている。

「キラ、どうして部屋へ入らないんだ。びしょ濡れじゃないかっ!」

その小さな体を抱え起こすと、
キラはアスランにしがみついた。

「キラ…」

驚いて腕の中の少女を見つめる。

「雷が怖いの?」

「……。」

彼の中に、自分の胸で震える少女に対する
愛情がこみ上げてくる。
アスランはそのままキラを抱きかかえると、
走って屋敷へ戻った。


「ご主人様っ、一体どうなされたのです!」

ずぶ濡れになって玄関へ入ってきたアスランとキラを見て、
メイドのミリアリアが声をあげる。

「ミリアリア、急いでタオルを持ってきてくれ。
このままじゃキラが風邪をひいてしまう。」

「は、はい。」

アスランは急いで彼女を暖かい部屋へと運んだ。


Fへつづく