キラがアスランの屋敷へ引き取られてから数週間が過ぎた。
だがまだ一度もアスランは彼女に名前を呼ばれたことも、
笑いかけてもらったこともない。
そんな訳で、近頃の彼は少々自信喪失ぎみであった。
(やっぱり俺には無理だったのかな、子供を引き取って育てるなんて…)
フレイ嬢との婚約パーティも来週に迫り、
アスランは何となく落ち着かなくもある。
彼はいささかの疲労を感じ、
書類から目を離して大きく背筋を伸ばした。
そのとき、ふと窓の外の風景が目に入り…
(…キラ?)
屋敷の広大な庭園には中央に噴水がある、
その縁に腰掛けている小さな後姿は確かにキラだ。
(何をやっているんだろう…)
アスランは好奇心に誘われて、気分転換に自分も庭へ出ることにした。
玄関から出てキラが居た噴水の方へ足を向けると
彼女の姿が見えてきた。
よく見ると頭の上や肩に、ちょこんと小鳥が乗っている。
(野鳥か?)
さらに、ゆっくりと差し伸べたキラの白い手に、
また一羽やって来て止まった。
だが、次の瞬間、
鳥達はアスランの足音に驚いたのか一斉に飛び立ってしまった。
「あ…」
キラの口から小さな声が漏れる。
「ごめん、驚かせちゃったかな。」
アスランはすまなそうに頭を掻きながらキラの隣に腰を降ろし
「どうやって鳥を呼んだの?」
用心深いはずの野鳥が、
どうしてキラの元に集まってきたのか不思議に思って問いかけた。
「……。」
だがキラは、いつものように黙ってしまった。
それでもアスランは我慢強く彼女に話かける。
「キラは僕が嫌い?」
「……。」
「執事のサイや、メイドのミリアリアは嫌い?」
「……。」
「この屋敷に居るのは嫌?」
やはり反応のないキラに、
アスランは落胆して小さく溜息をついた。
「ごめんね、邪魔して。じゃあ僕は部屋へ戻るよ。」
「……。」
*
(キラの気持ちも聞かずに、ここへ連れて来てしまったけど。
彼女のためには、あのまま施設に居た方が良かったのかな。
この屋敷には、同じ年頃の遊び相手もいないしな…)
そんなことを考えながら、
再び書類に向かって仕事をしていると、
いつの間にか、外には雨が降っていた。
雨はすぐに土砂降りになり、雷が鳴り出したので
アスランが窓を閉めようとして外に目をやると。
「キラっ?まだ外に…」
彼は、慌てて庭へ向かった。
嵐のような雨の中、
キラは噴水の傍らで震えながらうずくまっている。
「キラ、どうして部屋へ入らないんだ。びしょ濡れじゃないかっ!」
その小さな体を抱え起こすと、
キラはアスランにしがみついた。
「キラ…」
驚いて腕の中の少女を見つめる。
「雷が怖いの?」
「……。」
彼の中に、自分の胸で震える少女に対する
愛情がこみ上げてくる。
アスランはそのままキラを抱きかかえると、
走って屋敷へ戻った。
「ご主人様っ、一体どうなされたのです!」
ずぶ濡れになって玄関へ入ってきたアスランとキラを見て、
メイドのミリアリアが声をあげる。
「ミリアリア、急いでタオルを持ってきてくれ。
このままじゃキラが風邪をひいてしまう。」
「は、はい。」
アスランは急いで彼女を暖かい部屋へと運んだ。
Fへつづく