孤独な天使 F


暖炉の傍らに立たせると、すっかり濡れてしまったキラを
着替えさせようとブラウスのボタンを外し、
あらわになった白い胸を見たアスランの手がハッと止まる。

(し、しまった…女の子だった…)

真っ赤になって硬直した主人の様子に
苦笑いしながら、ミリアリアが助け舟をだす。

「あの…ご主人様、わたくしが…」
「た、頼む。」

メイドが彼女を着替えさせている間、
見ないようにクルリと後ろを向く。
だが、そのアスランの脳裏には先ほど見たキラの、
まだ未成熟な膨らみのない少女の胸が何度も思い浮かぶ。

(ば、バカ何を考えているんだ俺は…)

自分の思考を否定しても、否定しても、
彼女のまるで陶器の人形のような白い肌のなまめかしさが頭から離れない。

(しっかりしろっアスラン!相手は子供だぞ!)

「アスラン様…」

メイドに呼びかけられ、慌てて我にかえる。

「え、ああ、終わったのか。」
「何か暖かい飲み物でも持ってきましょうか?」
「そ、そうだな。」

ミリアリアが下がったあと、シンと静まった室内は何となく気まずくて、
アスランが少女の濡れた髪をタオルで拭いてやっていると、
紫の瞳がじっと自分を見ているのに気がついた。

「…えっと。」

真っ直ぐに見つめられ、ドキドキと鼓動が
高鳴るのを懸命に押さえつけ何とか口を開く。

「キ…キラは、雷が嫌い?」

「……。」

「鳥は好き?」

「……。」

(困ったな、やっぱり何もしゃべってくれない…)

「キラ…僕の名前は分かるよね?」

「……。」

何も反応のないキラに、アスランが意気消沈して肩を落としたとき

「アス…ラン…」

少女の小さな唇が、わずかに動いた。

「キラ…」

アスランは、信じられないものを見たように目の前のキラを見つめる。

「そ、そうだよ。僕はアスランだっ!もう一度言って!」

「アスラン…」

「キラっ!」

初めて自分の名を呼ばれた喜びに、
アスランは思わず力いっぱいキラを抱きしめていた。



「へぇ、すごい進歩じゃないか。」

医師であり友人でもあるハイネは、アスランの話に目をまるくした。

「まだ『アスラン』と『トリィ』しか、しゃべってくれないけどね。でも最近は、
ときどき笑顔も見せてくれるようになったんだぜ。可愛いいんだ、これがまた。」

「お前がそんなに親バカだったとはね、俺にはそれも驚きだ。」

目尻をさげて少女の事を語る友人の姿に、いささか辟易したように肩をすくめる。

「妬くなよ、ハイネ。子供はいいぞぉ、何ていうか癒されるって言うか。
お前も一人ぐらい引き取ってみたらどうだ?」

「おいおい冗談言うな、俺はお前みたいな慈善家じゃないんだ。」

「冷たい男だな、お前は。」

「何とでも言ってくれ。それより…どうなんだフレイ嬢とは?」

アスランは、いつもの冷静な表情に戻り、少し窮屈そうに答えた。

「どうって…別に…順調さ。」

「いいのか、本当に?」

「ハイネ、何が言いたいんだ?」

「いや別にね。ただお前が、彼女を愛しているようには見えないからさ。」

友人の指摘に、アスランは一瞬反論の言葉を口にしようとしたが、
少し考え、そして冷めた口調で答えた。

「そんなもんだろう、上流階級の結婚なんて…」

「……。」

ハイネは、視線をそらした友人の横顔を無言で見つめた。




Gへつづく