「山荘ですか…」
「ああ、一週間ほど休暇が取れたから、キラと二人で行って来ようと思うんだ。」
滅多に感情をあらわすことのないサイであるが、
この主人の意外な言葉に少し目をまるくした。
仕事づけのアスランが、今までまとまった休暇など取ることはなかったのだ。
「それは、けっこうな事でございますが…
誰かメイドをお供させなくて宜しいのですか?」
「食事の支度は僕がするから大丈夫だ、
食材の用意と泊まれるようにしておいてくれれば。」
「かしこまりました、では早速手配して
山荘の方の準備を整えておくようにしておきます。」
一礼をして忠実な執事は下がった。
先日、友人のハイネにこの計画を話した時も、かの友人は目をまるくし驚いて言った。
「驚いたな、どういう心境の変化だ?」
「別にそれほど驚く事でもないだろう。
俺だってたまには休暇をとってゆっくり休みたいこともあるさ。」
「今まで俺が休暇を取れと何度いってもきかなかった仕事一途のお前からそんな言葉を聞くとはね、
これもあのお嬢ちゃんのおかげかな?」
「まあキラのためもあるかな。せっかく打ち解けて来たんだ、
もっと一緒に居る時間を作れば親しくなれるだろう。」
ハイネはアスランの言葉にうなずいた。
「そうだな。ゆっくり自然の空気にふれて、
心身ともにリフレッシュするのはキラにとってもお前にとってもいい事だ。」
そんな会話があった週末、アスランはキラを連れて彼の所有する別荘へ向かった。
*
「別荘と言っても小さな山荘だけどね、自然に囲まれてとても景色のいい所だよ。」
アスランは自らハンドルを握って車を運転しながら、助手席のキラへと話しかける。
「……。」
相変わらずあまり反応のないキラだが、
それでもだんだんと都会を離れ、森の中へ入っていくと
窓の外の景色を、興味深そうにジッと眺めていた。
そして二人を乗せた車は、森の中の一軒の山荘へ到着した。
「さ、着いたよキラ。」
キラの手をひき、その建物に入っていくと、
永年使われていなかった別荘だが、サイの手配もあって室内は綺麗に清掃され、
貯蔵庫には十分な食材が用意されていた。
「うん、食材は用意されているけど、今夜のメインディッシュは
別にあるんだ。今からそれを調達しに行こう。」
「……。」
「キラは釣りをしたことはある?この近くには綺麗な川があるんだよ。」
アスランは車に積んできた竿を取り出し、キラとともに川へ向かう。
山荘からしばらく歩くと、彼の言うとおり綺麗な川が流れていた。
キラキラ光る水面に、少女は驚いたように神秘的な紫の瞳を大きく見開く。
「川を見たのは初めて?」
キラは返事の代わりに、繋いでいたアスランの手をギュッと握った。
「怖くないよ、でも危ないから一人で水の中へ入っちゃダメだよ。」
「……。」
「ほら、そっと手を入れてごらん。」
アスランに促され、キラは恐る恐る川に手を浸す。
「冷たいだろう?」
「……。」
「ここの水はね、ほらあの山から流れて来た雪解け水なんだ。だからとっても冷たいんだよ。」
指差す先に聳え立つ壮大な山を、二人はしばらく眺めていた。
Hへつづく