孤独な天使 H




(ああ、いい気持ちだ。最近は仕事ばかりだったからな…)

アスランは釣竿を脇に立てかけ、ゴロンと横になった。

(こんなに気分がいいのは、本当に久しぶりだ…)

仕事、仕事で、事業を大きくすることばかりに囚われていた自分が、
この雄大な自然の中では、つまらない、ちっぽけな存在に感じる。
見上げる青空が眩しくて、目を閉じるとすぐに眠気がおそってきた。
疲れているんだ…
アスランは自分の身体や精神に蓄積していた疲労を強く意識した。

(どうしたんだろう、今までは何も感じなかったのに。)

ちらりと傍らに目をやると、キラが無邪気に川面を覗いたり、小石を集めたりしている。

(キラと出会ってからだ…)

これほど強く他人に執着するようになったのも、
その彼女のために休暇を取ろうと思ったのも。

(何故だろう…こんな感情は婚約者であるフレイと居ても感じたことはないのに。)

そう、フレイとの事もすべて事業を拡大するための手段。
自分にとって結婚など、しょせんそんなものなのだと思ってきた。それなのに…
アスランは答えの出ない自問のなかで、次第に深い眠りに落ちていった。

 *

「…ん?」

ふと目を開けた彼の視界に飛び込んで来たのは、雲ひとつない青空。

(どこだ、ここは?)

上半身を起こして辺りを見回すと、山に囲まれた風景、
川辺に立てかけられたままの釣竿。

「そうだ、キラとここに来て…。いつの間にか眠ってたのか、俺は。」

アスランは慌てて立ち上がりキラを探すが、
彼女の姿はどこにもなかった。

(そんなに長い時間はたっていないはずだけど…)

太陽の高さから考えても、それほど眠っていたとは思えない。
もしかして森の中へ入っていってしまったのかと、
彼は川岸から離れ、茂みの中へ入った。

「キラー!キーラー!」

森へと続く小道を、彼女の名を呼びながら探す。
だがいくら呼びかけても返事も、キラの姿も見えなかった。

そして時間がたってくるごとに、アスランの中に不安が広がり

(ひょっとしたら森ではなくて、川で遊んでいるうちに流されて…)

立ち止まって自分の手を見ると、かすかに震えていた。

アスランはキラが自分の前から居なくなってしまうという思いに、
これほど恐れおののく自分の姿に驚いた。

(これじゃあ、まるで俺が彼女に恋でもしているみたいじゃないか…)

そんな想いに首を振る。

(何を考えているんだ、キラはまだ子供じゃないかっ!)

だが、施設で彼女に出会ったとき、
その紫色の瞳に見つめられた時から、
キラに魅入られてしまったかのようにも思えて…

そう、彼女を引き取り、触れ合うたびに、
アスランの心は確実に彼女へと傾いていったのだ。

「恋…なのか。これが…」


Iへつづく