孤独な天使 I



アスランは己の心に戸惑いながらも、キラを探しもとめて森に中を彷徨った。

「キラー!キラー!」

そしてようやく日が少し傾きかけた頃、
ふと見上げた目の前の大きな木の上に、彼女の姿を発見し

「キラっ!!」

「……!」

いきなり名前を呼ばれて驚いたのか、振り向いた瞬間にキラは足を滑らせた。

「危ないっ!!」

アスランは駆け出し、落下するキラをギリギリで抱きとめる。

「キラっ!!木に登るなんて危ないじゃないかっ!!
それに突然いなくなって、どんなに俺が探したかっ!」

「……。」

怒鳴られたキラは、身を震わせて揺らめく目でアスランを見つめた。
その瞳は初めて出会ったときにアスランを見た、怯える瞳だった。

その様子に気づき、慌ててキラの身体を地面に降ろしながら弁解をする。

「あ…違うんだ…叱ってるんじゃないんだ…キラ。俺は…心配で…
キラが俺の前から居なくなってしまうんじゃないかと…その…」

「……。」

「川に足をすべらせてしまったんじゃないか…
人攫いに連れていかれてしまったんじゃないか…と
悪い方へばかり考えてしまって…」

そして感極まったように目の前の少女の身体を力いっぱい抱きしめた。

「良かった…本当に何事もなくて…キラが俺の元へ帰って来てくれて…」

「……。」


アスランの胸に抱かれ、キラは今まで感じたことのない暖かさを感じて口を開く。

「ヒナが落ちていたの…」

「…え」

最初はその言葉の意味が分からなかったアスランだが、
彼女の登っていた木を見上げ、鳥の巣があるのを発見して理解する。

「…そうか、地面に落ちていたヒナを巣へ戻してあげようとして木に登ったのか。」

「……。」

「キラは優しいね。ごめんよ、大声をだして怒鳴ったりして…」

先ほと自分を怯えたように見つめた少女の瞳が、
今は穏やかな色に変わっているのを見て、安堵する。

「さあ、もう山荘へ帰ろうか。魚は釣れなかったけど、
この森には木の実がいっぱいあるよ、二人で摘みながら帰ろう。」

手を差し出すと、キラの小さく可愛らしい手がぎゅっと握ってくれた。

それからの数日間は、川で釣った魚を料理したり、
木の実でジャムを作ったりして、アスランとキラは
充実した楽しい休日を過ごしたのだった。

そしてアスランの中には、次第にある決意が芽生えていた…



二人が山荘から戻って数日が過ぎたある日。

書斎で静かに本を読んでいるアスランの側には、トリィと遊ぶキラの姿があった。
そこへ…

「お、お待ち下さい…取り次ぎますので…」

サイの押しとどめる声を振り払って部屋へ乱入してきたのは、
彼の婚約者フレイだった。

「フレイ…」

本から顔を上げたアスランへ詰め寄り

「婚約を解消したいって、どういうこと!」

「…その通りの意味だ。君には本当に申し訳ないと思っている。」

アスランの冷静な態度とは反対に、
フレイは首を激しくふって感情をあらわにした。

「そんな事を聞いているんじゃないわっ!なぜ急に、
どんな理由があって解消なんて言うの?!」

「俺は自分の事業のために君との婚約を決めた。
でもそんなの間違いだと気がついたんだ。
それは、君の気持ちも、自分の気持ちをも、裏切っている事だって。」

「私を愛してなかったって事っ?!」

「…すまない。」

その言葉と同時に、フレイの平手がアスランの頬へ飛び、
室内にピシリと音が響く。

「あんたなんか、こっちからお断りよっ!!」

彼女は身を翻して部屋を出て行った。



その後姿を、アスランはじっと見つめる。
叩かれた頬は赤く腫れていた、避けることは出来たであろうが、
彼はフレイに打たれることを選んだ。

申し訳ないと思う。彼女には何の非もないのだ、
ただ自分が未熟であったがために容易に婚約を受け入れ、
結果、フレイの心を傷つけてしまった。

ぼんやりと、そんな事を思っていたアスランの傍らに、
気が付くといつの間にはキラが立っていた。

「キラ…」

少女はそっと自分の手を、アスランの赤く染まった頬にあて

「痛い?」


そうアスランは未熟だった。
キラと出会って初めて、
彼は人を愛すると言う感情を知ったのだ。

心配そうに見上げる紫色の瞳に、
彼は限りない癒しを感じて微笑んだ。

「痛くないよ、ちっとも。」


(完)



あとがき

ここまでお付き合いして下さって有難うございました。(ペコリ)
思ったより長くなってしまいました…
でも完結できて良かったです(^^;;

夏コミの新刊はいつものアスキラ夫婦本と、
このパラレルものを発行する予定です。

HPで連載した話と、その五年後の話です。
よろしければ、手に取ってやって下さいませ。